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学生というぬけがら②

  • 執筆者の写真: 計画 若宮
    計画 若宮
  • 2022年2月24日
  • 読了時間: 5分

※今回はメンバーの五島真澄さんの「学生というぬけがら」の続編となります。

①はこちらから⤵︎ ︎(若宮)


前回は中学に上がり学校に馴染めなかったことをさらっと書いた。


 記事をインスタのストーリーズに載せたら、小中学校の同級生で今もごく稀に連絡を取る女友達から読んだよと連絡があり、2人で当時のことを少し振り返った。彼女は2児の母親ということもあり、普段頻繁に連絡を取り合うわけでもないけど、同じ時代や環境を過ごした人と時を経てもなお、こうやってさくっと共有できるのは地味に嬉しい。


 さて、前回の終わりに書いた「『制服と校則がない』という理由だけで選んだ」高校の話をする。これもできるだけさらっといこう。

 福岡市は博多区千代にある定時制の博多青松高校に無事合格し高校生活がスタートした。福岡市内で演劇活動をしている人には馴染みのあるパピオのほぼ真裏に位置し、元々病院として使われる予定だった建物にできた高校なので、大きな階段や全面ガラス張りのおおよそ高校には見えない面構えの校舎に通っていた。

 先述の通り学校が指定する制服や校則というものが存在せず、単位制ということもあり雰囲気的には大学みたいな感じだった。実際20代の生徒も普通にいたし、たまに40代や50代の生徒を見かけることもあった。特にクラス分けもなく(週に1回だけホームルームがあり、そのクラスが一応学級みたいなものだけど)、生徒一人一人時間割が違うのであちこち教室を行き来する。1年生や2年生といった学年の区切りがなく、新入年次、在校年次、卒業年次という3ステップを経て卒業する(在校年次が長かったり、卒業年次なのに単位が足りなくて卒業できない間抜けもたまにいるが)。入学した年のホームルームのクラスは同い年が半分、他の高校を中退した年上が半分くらいいた。女の子は中退した高校の制服を着崩して登校する子もいたので、同じ高校なのに色んな制服の女子が混在している感じも面白かった。僕はというと、制服の呪縛からせっかく解き放たれたとはいえ、お金がないので大体ダサい服装で毎日を過ごし、小学生以来にまた髪を伸ばしてロン毛にした。


 はなから大学に行くつもりは毛頭なかったため(かといって就職する気も全くなかった)、卒業するのに必要な単位数を最低限とって卒業する計画だった。そうなるともはや勉強へのやる気が出るはずもなく、でもあまりに何もせずひどい点数をとるのも気が引けるので、友達と一緒に図書館で勉強する程度の頑張りは見せていた。けれどもほとんどの授業中はノートに絵を描いていた。提出物にイラストが入っていると喜ぶ先生もいたが、授業中に絵を描きすぎて英語の先生にぶちギレられたこともあった。


 結局自由な校風の高校に入っても、「早く学生じゃなくなりたい」という気持ちは全然残っていた。なぜだろう。学校を自分で選べても、関わる人間を自分で選べないからだろうか。同年代が嫌いだったからだろうか。

 友達と普通に学校帰りにマック寄ってポテトを突きながらだべったり。学園祭のためにバンド組んで練習したり。一度面接に落ちたのに翌週もタウンワークでバイト募集していたのでムカつき、もう一度面接受けたら採用されツタヤでバイトしたり。好きになった女の子のメールアドレスをドキドキしながら聞いたり。16〜18歳の多感な時期はそれなりに楽しんでいたと思う。


 高校でも部活には何も入らず、集団行動やチームスポーツに興味がないことがしっかり確立された。演劇も特にしていなかった。高校に演劇部はあったけど、コミュ障の巣窟みたいな場所だったので全く入ろうという気にならなかった。毎年夏になると、中高生向けの演劇ワークショップが4日間開催され、それだけは中学1年生の時から毎年参加していた。中学生当時は俳優になりたいという夢から参加していたが、高校ではその夢も気づいたら変わっていて、音楽で食いたいという夢になっていた。全然活動しているわけでもないのに。本当今考えるとふざけんな俺って感じだ。


 卒業年次は髪を染めたり(茶髪にしたら全然似合ってなくて凹んだ)、文化祭ではエルレガーデンのコピバンやそれとは別でピアノ+アコギ+アコーディオンの3人組アコースティックグループ「MASUMI」(今考えたら本当にダサいな何これ)という名前でライブしたり。あと遂にうまいこと時間割作成をやりくりし金曜日に授業を一切入れず週休3日制にしたりもした。英語ができたので日本各地から総勢100名で台湾に交換留学生として1週間滞在するプログラムにも参加してタダで旅行もした。当時出会った大阪の子とは今でも繋がっている。


 こうやって思い出して書くと、結構充実してるように見えるな…。今考えると、当時はとにかく先のことを何も考えず、その時その時を楽しもうとしていたのかもしれない。

しかし将来のビジョンはないまま、とりあえず卒業してからどうするか考えるわという気でいたら、授業はサボらずに受けていたので気付けばあっという間に卒業してしまった。付き合って2日後に振られた女の子が卒業式で隣に座っていて気まずかったのも、今となっては良い思い出。



 何だかただのざっくり高校思い出し文章になったけど、何かのエピソードを掘り下げることがあれば、それはまたいつかどこかで書いたものを読んでいただければ幸いである。



 
 
 

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