ガードレールが途切れるまで。
- 計画 若宮
- 2022年2月11日
- 読了時間: 2分
※今回はメンバーの山下万希さんが地元の屋久島での出来事を書いてくれました(若宮)
日記ということでまずは日ごろ何気なく感じていることや私の体験を綴っていこうと思う。
私の出身地である屋久島はとても自然豊かな場所である。鹿と猿が生息し、海を散歩しているとシーズンであればウミガメの赤ちゃんが砂浜から這い出していたりする。特に、私の実家は少し山の中に入った場所に建っているため、家の隣の崖の壁面にカワセミが巣をつくっていたり、口笛を吹くとアカショウビンが返事をしたりと、幼いころから自然と密接な暮らしをしていた。一方で台風や大雨など怖い思いをしたことももちろんある。
そんな屋久島は雄大な山がそびえ立っていることから山岳信仰などが存在する。神秘的な事柄や山の精霊など、私自身霊感があるわけではないが時々それらを感じることがある。綺麗な景色を見た後や夜中の森を歩くと聞こえてくる様々な音、人類が大昔から自然と共に生活してきたことを考えると誰しもそういった自然を感じる知覚を持っているはずである。それは、ある種の威圧感であったり優しさのようなものであったりと、森の中で目を凝らしたからといって感じることはできず、人の力では見透かすことのできない分厚さを持っているように感じる。
中学の時、人間関係などで学校生活に嫌気がさしていた私はいつものように、赤い橋を渡り学校までの3キロの道のりを自転車で走っていた。ちょうど上り坂に差し掛かった時、周りの木々がざわざわと揺れ始め強い風が吹き始めた。ガードレールが終わる数十メートルの間、風は私とまったく同じ速さで移動し、その後私の背中を強く押しながら頭上を吹き抜けていった。感情というものは出来事の後に来るもので、木々が静まったころ、えも言われぬ高揚感と多幸感に包まれ、全身に鳥肌が立った。
後から考えると、その出来事の後、人間関係や学校生活のしがらみなどは完全に忘れており、あまり背負い込むなと風や木々から言われたということなのかなとも思う。それ以来同じ出来事は起きず、その時のことを思い出すと少し名残惜しく、自分の中で素敵な思い出となっている。
今の私を形作るひとつの記憶である。

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